145年の歴史に幕を閉じる我が母校の橘小学校
最後に校舎の中に入らせていただきお別れをしてきました。
この日を迎えるにあたり小学生の自分のことを思い返してみました。
小学生の頃の人気者の条件は何といっても運動神経の良さ!そして可愛い・カッコイイ!だったと思います。
私はどうだったかというと
運動は全然ダメ。可愛くもない。読書が好きで静かで目立たない子。
あの頃は運動系の行事が多くて、それも校内だけでなく町の小学校対抗戦などもあって運動の得意な子はキラキラ輝いて本当に人気者だった。
そんな人気者の子たちをみて羨ましいと思ってたな。なんて思いだしながら橘小学校の中に入る。
あのころと変わらない校舎を歩きながら久しぶりに会ったYちゃんから
「真由美ちゃんとの思い出があるんだけど覚えてるかな~」と声をかけられた。
「あっ!あそこでじゃない?」
と進行方向の廊下を指す。
鮮明によみがえる記憶。掃除の時間。そこには小学生の私とYちゃんと何人かの友達がいて「天井も掃除しよう!」といいながら雑巾を天井に投げていた。「あっ!」雑巾が当たったのか振動でなのかはわからないけれど廊下の照明が落ちて割れてしまったのだ。
「先生に怒られたんだよね?」そこは思い出せなかった。
「うううん。それがあんまり怒られなかったんだよね」
そうなんだー。先生おおらかだったんだなあ。
ん?私はおとなしくて静かな小学生だったはずがなんかイメージ違う?
Yちゃんからもう一つ思い出話を聞かされた。
「真由美ちゃんと同じクラスになってから私、家につくまでに1時間ぐらいかかってたんだよね」って。
Yちゃんの家は校門を出たらすぐのところにある。どうやら校庭の遊具をフルコースで遊んでいたらしい。
なんかちょっと思い出してきた。そしておとなしくて静かなイメージが崩れてきた。
放送室の前を通るとHちゃんから「放送室って真由美ちゃんのイメージだよね」ていわれた。
放送委員だったのかな?覚えてないけどそういえば放送室で機械を壊した記憶がある。
確か黙っていればわからないところ正直に話して当時すごく怖かった先生に褒められたんだった。
当時と変わらない教室の空気が記憶を呼び起こしてくれのかいろいろ思い出してきた。
そして気づいた。
運動ができなくて可愛くなくて人気者ではなかったという記憶は間違ってないけれど
静かでおとなしいというのはどうやら違っていたようだと。
たくさん笑いながら校舎をまわった。
学校が廃校になり無くなってしまうのは寂しいけれど、無くならなかったらこうして校舎を歩くことはなかっただろう。
そして今日思い出したいろいろなことも思い出さないままだったかもしれない。
そう思うと、とても貴重な時間だったと思う。
最後に校庭で記念撮影をしてから同窓会の会場に移動しました
同窓会は恩師を含め24名が参加しました。
恩師への花束と記念品贈呈
先生方からご挨拶をいただきその後一人ずつ近況報告を兼ねたご挨拶。
みんなとっても上手な挨拶だったから緊張してしまったのか、
座席の都合でオオトリになってしまった私の挨拶は何を言ってるのやらって感じで(;^_^A
大変申し訳ありませんでした?
楽しい時間はあっという間で・・・
実際は年を取って見た目も老けて体型も変わってるのにこの時間この空間で目に映る姿は小学生の頃の私達でした。
名残惜しい気持ちでいっぱいでしたが、また会おうねって約束をして解散となりました。
今回、小学校の見学と同窓会を企画してくださった幹事さんのおかげさまでとても楽しい時間を過ごすことができました。
感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
今日の田山建設
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